思 う ま ま  Essay

2008.3.31(月)   ブログに切り替えます
 4月1日から、このホームページの「思うまま Essay」をブログ http://kohcraft.cocolog-nifty.com に切り替えます。 会話がより可能となります。ご感想やご意見などお聞かせください。引き続きよろしくお願いします。 なおその他のメニュー(作品やイベント・展覧会など)はこのままです。

トピックス!
 昨年 2007.6.24(日) こどもの詩 を載せましたが、作者がこれを見つけてメールをいただきました。13年目の出会いです。くわしくは、http://kohcraft.cocolog-nifty.com の2007.4.1をぜひご覧ください。


2008.1.14(月)   想像力の不安
 公務員によって世の中を賑わしている問題には社保庁や薬害エイズ、個人情報保護法による個人の萎縮や、最近では建築基準法改定による認可の停滞等々数え切れない。民間では考えられないことがなぜ次々と起こるのだろうか。組織とかモラルはよく言われるけれど、「想像力の不足」が気に懸かる。
 「この問題にはどんな背景があるか」 「その背景の裏にはなにがあるか」 「この対策を先送りすればどんなことが将来おきるか」という単純な想像ということです。仮にわかっていても、想像するのを避けていたり、避けているうちに想像する能力や習慣が退化してしまったのではないだろうか。一般の担当者から、トップに至るまで。
 その想像力が弱くなれば、「夢」も気になる。夢が危うくなれば、しっかりしたビジョンば描けるのだろうか。日本の将来像を描くためにひたすら奮起して欲しいのだが。

2007.11.2(金)    「かぐや」姫  
 月周回衛星「かぐや」はアポロ計画以来最大規模の本格的な月の探査です。日本初の大型月探査機で、2007年9月14日、H-UAロケットによって打ち上げられました。
 いま順調に飛行中で、ハイビジョンで月の素晴らしい画面が送られてきています。
   http://space.jaxa.jp/movie/20071128_kaguya_movie01_j.html (「かぐや」地形カメラによるDYSONクレータ付近の立体視動画です(JAXA))
 詳しくはJAXAの「かぐや」ホームページへ
    http://www.jaxa.jp/projects/sat/selene/index_j.html

 未開拓の分野を切り開く人たちは大変だろが、異分野の人間にもなにやら夢を刺激をくれるのは嬉しい。頑張ってほしい。

LUNA-FMという「かぐや」を応援するインターネット放送局からべリカード(受信証明書)が送られてきた。左の写真です。ホームページ(下記)を開くと、宇宙にちなんだ曲が聞こえます。お奨めです。
   http://www.digital-studio.co.jp/kaguya001.html

2007.10.28(日)   宵のうちに
 天気予報で使われる言葉が最近変わった。その一例が「夜のはじめは」だ。初めて聞いたとき何のことか分からず考え込んでしまったが、これは「宵のうち」に変わる言葉だそうだ。宵待ち草、宵の明星、宵闇、・・・といった言葉はどうなるのだろうか。これも「わかりやすさ」とかいう流れに乗ろうというのだろうか。
 事の良し悪しを別にして、日本のそれぞれの部署のリーダーとなる人たちに、日本語とか、デリケートな表現を大事にするという感性が確実に衰えて来ているように感じた。こわいこと。日本の産業基盤・・・車でも半導体でも大丈夫だろうか。美しさを感じる心を大切にしたい。
                                     (写真は10月26日 工房にて)

2007.10.27(土)   80才以上の方に注目したい
 70年代ころからだろうか、話しは論理的に、数字を使って定量的に、なにより自己主張をして、スキがあれば相手をタタクのがエライ、等々を会社で教育された。アメリカの文化の影響によるものだろう。しかし真の強さや尊敬するものが感じられない。こういう考えには自分はずっと馴染めないで、いまも疑問に感じている。
 最近80才以上の方と話していると新鮮なモノをたくさん感じるようになった。思うままに話し、自己主張どころか、相手をいたわる。ちょっとした会釈や物腰に凛としたモノがある。軽薄とは対の世界。この方たちは昭和20年に18才。戦前の教育で育ち、戦後教育を受けていない。後の世代がすっかり忘れて、無くしてしまった日本人の大切なものをもっていられる人たち。いま必要なものをたくさん持っていられる世代だ。しかし遠慮している。そして消えていきつつある。

2007.8.1(水)   頑張らない
 「頑張らない」という言葉をよく耳にします。頑張りすぎて疲れはててしまった人への救いのことばですね。優しさとねぎらいの気持ちがあふれている。頑張らなければ怠け者とでも言われかねない世の中だから。しかし なにか人の本来持っている力が萎んでいってはいないでしょうか。すこし引っかかるものを感じます。
 いま、涙ぐましい努力をして「頑張って」いるひと、負けそうになりながらも歯を喰いしばって踏ん張っている人がいます。生活のため、闘病のために、・・・。私はこの人たちにより深い同情と共感を感じます。
                                       (写真は2007.6.26 工房にて)

2007.7.11(水)   キーチャンの生還 その2
 キーチャンは工房で安心したのか、しっかり食事してよく寝て少し肥えたよう。顔も猫らしく少し丸くなってきた。工房内のもう一匹の相棒であるプッチーはキーチャンを舐めたりして寄り添って寝ている。大家さんや隣近所の人たちも生還を喜んでくれた。

2007.7.9(月)
 家出?をしていた工房の猫のキーチャンが一ヶ月半ぶりに帰ってきた。すっかり痩せこけて骨と皮ばかり。缶詰をむさぼるように食っていた。当時乱暴な猫が出没していたので、怪我をしたのでは等々ずいぶん心配した。怪我も無くてまずは無事で、良かった。
   キーチャンの生還

2007.7.8(日) 
 シュンギク。風味の良いあの野菜の花です。
葉が柔らかいうちにと、食べることしか考えていませんでした。
花など咲く前に、つぼみができると直ぐに切り取っていました。

家内にその花の可愛さを言われてびっくり。
とても清楚なすがすがしさです。
花屋さんには売っていません。

2007.6.30(土)
                 中山心路 (4歳)
   ぼくが笑うと
   みんな笑顔
   しあわせ


親戚の心路(こころ)が4歳のときにもらした言葉を教員で書道家のお父さんが控えていて、書にしたものです。

こどもの何気ない一言。それをハッと受け止めたお父さん(お母さん?)。

(書は中山光晨氏(第33回 魁心書法院展07年6月30日より))
   こどもの詩 2

2007.6.29(金)   ユキチャンの頑張り  
 猫のユキチャンは半分ノラで、大家さんのところに住みついていました。
それがいつのまにか工房の周りに移ったと思っていたら、子猫を2匹産んでいました。
傍目にも不器量なユキチャンですが、子育てに一生懸命。
愛おしさが増します。
  

2007.6.26(火)   
 

2007.6.24(日)   こどもの詩
       かさ
                 大坂日向子 (5歳)
     (お店やさんごっこをしていて)
   これ(かさ)は
   あめのおとが
   よくきこえる きかいです


                     * * *

言葉がありません。
宮沢賢治がそばに居るような幻想をおぼえます。いえ、5歳の娘なのです。

読売新聞の切抜きを引き出しに、12年。たからものです。
これをつくったお嬢さん。もう17歳なんですね。お元気でしょうか。


2007.6.18(月)   理不尽な親
 バカ親の身勝手な要求に教師が疲弊しているという。子供に掃除させるな云々と、きりがない。関係者からは研修とか専門職員・弁護士とかの対策が聞こえてくる。しかしなにかしっくりしない。
 それより当事者の先生が親にしっかり話しをしてるだろうか。一生懸命話す、ときに厳しく話すのがまず先ではないだろか。場合によっては物別れやケンカになっても良いではないか。どうも物分りが良くて修羅場を避ける風潮が気にいらない。ただし欠かせないのは、校長や教頭も本気で支援をしているのかどうか。彼等が「管理屋」になり、情熱を忘れていないか。保身に走っていないか。それでは教師が体を張るわけが無い。
 社会が複雑になって「すぐに」専門家を頼む傾向が強いが、これはとても危うい。手を打っていると、したり顔の官僚と民僚。これは国の病根。それよりも少々傷つき失敗しても、自分で考え、恐れず自分で対応したい。社会も暖かく応援したい。人任せでない努力は、長いスパンで深い良い結果を生み出すはず。先生頑張ってください!

2007.6.15(金)   
 工房から常々富士山を気楽に見られないかと思っていた。工房から竹林を経て、有志でやっている畑に沿って少し上ったところ、僅か1分のところに絶好のポイントを見つけた。これがその写真です。坂を5-6分上ればもっと良いところがあるが、ここなら気楽に来られる。富士山と丹沢の山がよく見えて、嬉しい一日だった。
工房の風景

2007.6.13(水)   あじさいの季節
 工房脇の竹林は大家さんが十分に手入れをして傘をさして歩けるようなところです。周辺の竹林のような密植してしまって薄暗いところとは違います。意外と明るいです。

2007.6.6(水)   信頼と安心
 年金・介護施設のコムスン・情報漏えい・・・・。かって信じていたものがガラガラと崩れていく。
日本人はお互いに信頼しあって、暮らしていた。穏やかで安心の世界に。
 こんな中で「自己責任」とか「自己防衛」がよく語られているが、どうもそこには「世界標準」とかいう欧米流の宣伝臭が感じられて眉に唾。否定はしないが。
 そんなことより我々は「品格」の追求にもっと精出すべきではないでしょうか。言い換えればサムライのこころです。安心できる社会を築くためにはここが肝心。
 なお戦後教育をうけた50代・60代も年を食っているわりに意外と危ない。最近も40代の経営者と話して危機を共有し、意を強くしたしだいです。
                     
(写真は舞岡公園・小谷戸の里にて おくどの風景)

2007.6.1(金)  国産ジェット旅客機の商業化へ
 経産省はジェット旅客機MRJ開発の支援のため400億円規模の支援を固めたそうです。<読売新聞・夕刊 07.6.1>
 MRJは70〜90人乗りで5年後に就航を目指しており、今後需要調査を行い、08年春までに事業化の可否を決めるそうです。 MRJの最大の特徴は低騒音と低燃費。機体の約30%に複合素材を採用するとともに新型エンジンの搭載により、既存の小型旅客機に比べ約20%の燃費向上が可能とのこと。 <FujiSankei Business i. 2007/6/12 
http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200706120044a.nwc>

 
産業の基本と周辺技術の拡大。国の次の一手、もさることながら、子供たちへの夢を与える効果は計り知れないとおもう。今後需要調査をしてからとのことですが、三菱重工と政府・官僚の皆さまには目先の算盤勘定にとらわれず、大胆な選択を期待しています。
 <関連: 思うまま Essay 2006.9.30 夢を忘れないで −再び国産旅客機を−>

2007.5.31(木)  クワの実
 クワの実の季節となりました。
 赤い実が黒くなったら食べごろです。甘酸っぱいその味は秀逸です。ひごろ強すぎる甘さ・酸っぱさに慣れた舌にはとても爽やかでした。
 昔 甘いお菓子の少なかったころ、子供たちは口を真っ黒にして食べたそうです。そのくらい好かれた甘さ。今の人工甘味料の味よりずっと自然で高級な味を日頃食べていた!
 現代は舌が、貧弱な味覚に慣らされているのかもしれません。さらには五感も大丈夫なのか不安になります。

2007.5.24(木)  開拓者たち
・ 野茂英雄  39歳。1994年、年俸わずか980万円でメジャーリーグに挑戦した。いまでこそ松井やイチローが華やかにプレイしているが、野茂の魁があればこそ。
・ CASIO  デジカメの開拓者。1995年CASIOが初めて発売したデジカメQV-10。その開発ストーリはNHKの「プロジェクトX」でも紹介された。使いやすい。
・ ヤマト運輸  1976年(昭和51年)、当時はまだ国鉄が主流でひどく不便で、遅い時代だった。このとき「クロネコヤマトの宅急便」を発売したが、当時の運輸省や業界の妨害・反対を乗り越えて今に至った。
 「野茂選手 CASIO ヤマト運輸」 ・・・ 私たちは開拓者たちを決して忘れない。
                        (写真は工房の大家さん宅にあるハマナスの花))

2007.5.20(日) その3   おかいこさん
 4月23日に卵から生まれたカイコだそうです。舞岡公園で。

2007.5.20(日) その2   田植え
 舞岡公園のあちこちで田植えが盛んです。子供たちが苗床で手にした苗を一生懸命植えていました。

2007.5.20(日)   竹林の朝
 工房脇の竹林がいま落葉の真っ盛りです。新緑との入れ替わり。もう緑がずいぶん濃くなりました。とくに朝は陽の光に輝いて眩しいくらいです。朝の工房の作業、落ち葉掃きは一仕事ですが、陽の光を浴びて心地良いです。

2007.5.14(月)   夜は静かに
 コンビニが24時間営業になってずいぶん経ちます。朝も夜も深夜も正月も営業しているので便利ですが、何かおかしくないだろうか。
 営業していれば、配送、運転手の食事(深夜レストラン)、・・・が発生する。犯罪は増えて、家族との会話は減るはず。それよりも人は深夜起きていて、良いはずはない。疲労は昼の比ではなく、健康を蝕んでいるはずだ。さらに正月も営業に至っては「日本の静かな正月」を街から消してしまった。
 夜は寝る時間という自然のサイクルに抵抗して良い訳はない。目先の利益を求めるあまり、大きなものを失うという愚かさ。静かに考え直す時期ではないでしょうか。


2007.5.3(木)   休肝日には
 「週に一度は休肝日」とか言われるけれど、お酒好きにはけっこう辛い。最近我ながら自分に感心したことがあるので皆様に紹介です。それは「ノンアルコールビール」を数本冷蔵庫に入れておくこと。
 体には良いし、それに安い!一本100円-130円くらい。中には100円を切るものもあった。意外なのは最近のノンアルコールビールは意外と飲める。昔とはだいぶ違う気がします。メーカーの人はずいぶん研究しているのでしょう。安いから、いろいろ買って試してみたらいかがでしょうか。

2007.5.2(水)   
 テレビのCMを見ていると、口中の雑菌、家の中のほこり・ダニ、紫外線とお肌の嗜み、さらには家族のなんでもない体臭まで。大量に繰り返し放送しているので本気で信じてしまう人も少なくないようです。その手の薬品はかなり売れているらしい。店頭に積み上げられている。

 例えば子供を無菌状態で育てても大丈夫でしょうか?むしろ雑菌がそこそこある場所で育てたほうが逞しい子に育つのではないでしょうか。将来海外に出ても日本人だけ弱々しいとならないか、心配です。
 ほこりなど心配しないで、悠々とお母さんお父さん育ててください。そんなことより危険な薬品(環境ホルモンと言われているものなど)のことが最近言われなくなって、このほうが心配です。
 不安をあおる産業

2007.5.1(火)   ルーツとの再会
 新宿にあるOZONEのクラフトフェア2007に出展しました。隣のブースに展示していたのは「しぶや木工塾」の皆様。ここのルーツをたどれば「秋岡木工塾」で、それは創設の秋岡芳夫さんです。
 作品はもちろんのこと、話すことも皮膚感覚で通じることが多くて、驚きの嬉しい出会いでした。私もむかし1100人の会で目黒のドマ(秋岡先生の私邸兼工房)に何度も伺っていただけに、ルーツに再会した思いでした。感動しました。

 亡くなった秋岡先生は元工業デザイナー。昭和40年台初めから、苦境の伝統工芸家やクラフトマンを大勢支援してこられました。こういう私も秋岡先生の著書「樹の器」で木に魅せられ、さらにいまは息子まで「道具の仕立て」に育てられています。

2007.1.23 (火)   
 大正ロマンの香る旧柳下邸を見学してきました。明治-大正期の有力商人の近代和風住宅です。洋館と和館が一体となっていますが、私は家人の居間に惹かれました。廊下を隔てて、ガラス戸と障子を通して畳に写るお日さまの光がとても暖かく感じられました(写真です)。時計のコチコチという音以外は聞こえず、シンとした静けさから、忙しい心は消えて、不思議な安らぎでした。昔の人の深い精神世界を感じました。こういう時間を過ごせて、とても幸せな一日でした。
 JR根岸線「根岸駅」より徒歩10分。
旧柳下邸の見学

2007.1.8 (月)    


(写真は舞岡公園 1月4日 冬枯れの田んぼと雑木林)
「青海チベット鉄道」を見て想う

2007.1.4 (木)   
 久々の舞岡公園。カメラをたくさんの人、10人くらいが構えている。それが写真のアオシギで、舞岡公園でも珍しいとのこと。刈り取った田んぼの水溜りの土を、長いくちばしで盛んにつついていた。目と鼻の先にこういう珍鳥がいるということで、幸せな気持ちになった。
  アオシギ

2006.10.3 (火)   
 新作「こねこシリーズ」より「こえだのささやき」(部分)です。

2006.9.30 (土)   夢を忘れないで −再び国産旅客機を−
  敗戦後の夢を担った国産旅客機YS-11が、今日国内線でラストフライトの日を迎えた。優美な機体、翼が羽ばたいて、いかにも一生懸命飛んでいる、という愛おしさがあった。
 いま日本には三菱を中心に開発計画があるそうだが、売れるかどうかで具体化の決定は来年となり、飛んでも6年後とのこと。中国は2年後というのに。
 日本はいま世界1、2の自動車生産国となったが、産業の次の一手を忘れていないだろうか。売れるための算段も欠かせないが、なにやら小さな世界に閉じこもっている気がしてならない(参考2006.2.22 (水) ロケットと夢)。
 新しいことをするときは障害がたくさんあるのが普通のことだ。しかし夢があって行動すれば、壁も乗り越えられることは良くあることだ。戦後のYS11や自動車開発期の困難さを思えば、今はなんと恵まれていることだろう。
 SONYや日立の復活を考えるのも良いが、もっと将来を見据えた大きな夢を描いて実現させたい。まして日本の軽量化技術など素材産業は世界のトップレベル。こういう技術を融合すれば世界最高水準の魅力ある飛行機など難しくないはず。10-20年後の巨大産業への発展も夢ではない。もっと大きい効果は若者に夢を与え、日本を元気にするエンジンになるはずだ。

2006.8.15 (金)   工房の夏
  工房の南西側にはヘチマ・キューリ・トマトなどを植えて、日除け代わりにしてしています。今年は植え付けが遅くなったので、成長が今一歩。空が青いだけにすこしさびしいです。

2006.8.10 (木)   真夏の田んぼ
  舞岡公園の稲穂はすっかり大きくなってきた。

2006.8.1 (火)-2   舞岡公園のごいさぎ
  谷戸のいちばん奥にある「大原おき池」は柵で囲われて人は入れません。公園のなかでもとくに保護されているところです。今日はゴイサギをみかけた。

2006.8.1 (火)   工房の四季---池
  去年の秋に作った池が夏をむかえました(写真の手前)。水の浄化作用があるという「こがま」が大きく育ち、めだかも子供を産み、元気に育っています。とくに餌はやっていませんが、大きくなりました。ボウフラがいないので、食っているのでしょう。トンボがいつの間にかヤゴを産み、育つのを楽しみにしていましたが、最近姿をみかけません。そういえば今年はトンボやチョウチョをよく見ました。池に流れがないのでどうやって作ろうかと思案しています。ポンプで?風で?・・・楽しみです。

2006.7.26 (水)   舞岡公園の田んぼ
 梅雨もやっと明けたようで、舞岡公園の稲はぐんぐん大きくなってきた。もうすぐ穂が出るような感じ。周囲の風景も深みが増して、気分がとても落ち着きます。不思議。

2006.7.17 (月)  三鷹の「やまあさ」
 日本が優れたモノを作り、経済大国になれたのは、ひとえに職人のまじめで誠実な生き方があったからだと思います。
 大工道具の要である鉋(かんな)の職人「やまあさ」の伊藤宗一郎さんは80歳。その道65年。数少なくなった名人です。戦前15歳から父上について厳しい指導をうけ、昭和28年から今の場所三鷹に居をかまえて、かんな(台)一筋にこられました。モノの確かさを知っている大工・家具職人はもとより、素人でも心ある人は遠方から訪ねてきます。例えばかんな台を(今は普通の)人工乾燥に頼らず、自然乾燥を長期間行うなど経済合理性には反しますが、お客の信頼は絶大です。ちなみにやまあさで叱られてもこれは勲章です。また奥様のフォローが絶妙で古き良き日本の暖かさの場所です。

 今日は長男と一緒に伊藤さんの作業場兼お店を訪ねた。杖をついていられたが、膝を痛めて(水がたまって)歩くのもままならぬ由。痛々しかった。重量級のげんのう(写真)を振り回すのはつらいそうです。ちなみに手術は、座り仕事ができなくなるのでできないそうです。こういう状況にもめげずに、お気持ちは元気そのもの。
 (かんな台を押さえる)足の指の強さのこと、最近の取材(ハンガリー人と国際放送)、ソリウッド木工教室のことなど話しが弾んだ。とくにダンス(ルンバ)には15年のキャリアとのこと。ソロでルンバの歌を歌われる写真を拝見、蝶ネクタイ姿とともに輝いていられた。奥様もパソコンを使い始めて数年。ご夫婦で好奇心旺盛です。
 クラシックギターをつくる息子はかんな2丁とのみを数点購入した。一生モノです。

 遠方の方は電話をしてから訪ねてくださいとのこと(通院のときあり)。かんなだけでなく砥石・のみ・のこぎりなども置いています。
やまあさ 伊藤商店 〒180-0006 東京都武蔵野市中町1-39-5 Tel/Fax 0422-51-7333
  [JR三鷹駅下車 北口から新宿方向に線路沿いに歩いて約300m、右側]
 

2006.7.7 (金)  童謡へのおもい
 書家 幕田魁心氏の書がきっかけで、童謡の「月の砂漠」のCDを買ったおばあちゃん。お孫さんに与えたら、母親から「こんな古臭い歌は教えないでください」と言われて嘆いたとか。書道展で聞いた話です。
 この歌の発祥の地としての地元千葉県(御宿)もさることながら、優しさとロマンが溢れるこの歌にこの反応とは驚いた。時代の変化では割り切れない、砂をかむような寂しさを感じる。一方で忙しいお母さんの「悲鳴」も聞こえてくるが・・・。
 お母さん、こういう穏やかな曲に親しんでください。忙しい時代だからこそ、世相に流されないのが肝心。のんびり子育てをしたほうが、創造的で元気な青年が育つ、と思う。(写真は桑の実、6/29、舞岡公園で) 

2006.7.3 (月)  竹林と工房
 工房(写真右下)の東側にある竹林の緑はぐんぐん増して、元気そのものです。

2006.7.1 (土)  川遊びの楽しみ
 工房の近くの舞岡川で少年たちが川遊びをしていた。何かを探したり、投げたりしていたが楽しそうだった。海水浴とは違った身近なあそび。いま都会ではこういう遊びをする場所がほとんど無い。大人になったとき、素晴らしい思い出、宝物となるにちがいない。

2006.6.22 (木)−6.25 (日) 幕田魁心書展/魁心書法院展
 幕田魁心書展/魁心書法院展に参加、書のあかりを中心に和のあかりや小品を展示しました。書の世界では無所属で独立自尊の生き方をしている会です。優れた書家を大勢輩出した教育方法など、名声は千葉から全国に。日本と伝統文化を大切にしながら、同時に新しい試みを進んで採り入れています。文字通り魁の心。書にあかりを採り入れたのもそのひとつの試みと思います。お弟子さんを含めて優しさと適度の緊張感と絶妙な気魄が感じられて心地良かった。
 異分野のひととの会話はとても良い刺激でした。「異分野」はひとつのキーワードになりそうです。
 幕田魁心 http://www.makuta.jp/

2006.6.16 (金)  ラジオが良い
 テレビにはイメージと時間を押し付けられて、こちらは受身になりがち。その点ラジオは自由である。耳から聴いて場面を想像する。想像する余裕がある。ラジオはいつも手放せない。
・NHK第一 12:15-「昼の憩い」とくに古関裕而作曲のテーマ曲が良い・・・安らぎ
・TBSラジオ 12:20ころから 「小沢昭一の小沢昭一的こころ」・・・味がある
・インターネットラジオより: http://asia-en.real.com/guide/radio/list.html
 お気に入りは Radio Latvia Three Klasika(countryをLatviaに指定すると選べる)
・ラジオドラマ。以前TBS?で放送した「鬼平犯科帖」・・・・これは良かった

2006.6.13 (火) 白州ミーティング
 家具作りなどをしている木工家の集団「木戯の会」に入って間もなく20年。メンバーが集まってビールとバーベキューで日常と夢を語り合った。場所は甲斐駒ケ岳の山麓の町・白州町からずっと奥に入ったところです。まわりは熊・鹿・猿・猪の世界で、ここだけ異空間。彼らから見ればどう写ったのでしょうか。
 メンバーは生き抜くために一生懸命。家具業界は安い海外製品に押されて四苦八苦です。日本のモノづくりが危機。日本人のもっていた美意識を大切にしたい。

2006.6.5 (月) 田植えは終わった
 田植えが終わって畦道を歩く人の姿ものどかです。

2006.6.4 (日) 泥だらけ
 舞岡公園で市民が大勢参加して田植えが行われた。ヌルッとした泥の感覚に子供たちは大騒ぎ。目が輝いて笑顔がこぼれている。お父さんもお母さんも見物の人たちも興奮している。稲の苗を一生懸命植えていた。田から上がって誇らしげにニコニコしながら洗い場に向かう子ら。

2006.6.1 (木)  先生の情熱が生きる場所
 舞岡公園ではいろいろな光景に出会う。中学?の先生が生徒をつれて環境教育をしていた。田んぼの周りの動植物を例に挙げて外来生物による危機について熱心に語っていた。目の前に実例があるから先生の情熱にも迫力が加わる。もしこういう自然環境が無かったら、中学生は知らないままに育っていくかもしれない。

2006.5.29 (月)(2) 川遊びの楽しさ
 工房から5分足らずのところにある舞岡川は昔から子供たちの遊び場です。幸いコンクリートで護岸工事をされることなく、有志の努力で自然がかなり保たれています。
 今日はその川で子供たち10人くらいがキャッキャと遊んでいました。実に楽しそう。先生が上がりなさいといってもなかなかきかない。保母さんは大弱り(写真)。子供たちが上がってから、保母さんに声をかけると、実に嬉しそうにこたえてくれた。今日はたくさんの底抜けの笑顔に出会えてよい気分だった。

2006.5.29 (月) 「小学校への英語教育導入」を考える
 英語=国際化、小学校のときから英語教育が必要だ、と脅かされている皆様へ。心配ご無用。中学からで十分。
 まずは日本語で沢山喋りましょう。肝心なのはその「中身」があるかどうか。英語の巧さではなくて、日本のことを良く知っているかどうか。優れた外国人はここを良くみていますよ。この人を友人にすべきかどうかと。仲良しを増やすには、他人(他国)のことより自分(日本)のことを知っているかどうか、が早道ですね。いざとなれば、(英語ができなくても)相手が進んで通訳を雇ってくれますよ。
 子供にはまず、読み書きそろばん、それと立居振舞いをしっかり習わせましょう。「日本」を、親も一緒になって勉強したら楽しいのでは。歴史・文化・・・文学・武道・書道・工芸・縄文・お祭り・農業・野遊び・・・。これは手短にできない親の大事業。長い蓄積です。英語は小さなことです(ただの道具にすぎない)。時が来れば、子供は必要を感じて意欲的に学ぶようになるでしょう。
 クールジャパン(かっこいい日本)が世界中に広まっています。21世紀は日本の知性の出番です。

2006.5.26 (金) 竹林の落葉がほぼ終わりです
 約一ヶ月続いた竹林の落葉はほぼ終わりました。一昨日の大雨・大風でほとんどが落ちたようです。竹林はすっかり衣替えして新緑が眩しいです。
 工房に隣接するこの竹林は一本一本元気があります。ここは工房の大家さんの手塩にかけたところで、間伐や下草刈りを毎年十分にしています。京都に「良く手入れをした竹林は傘をさして歩ける」という意味の言葉があるそうですが、そのとおりの場所です。

2006.5.21 (日)(2) 四国八十八カ所巡礼の旅
 木工仲間で畏友のOさんは会社を定年退職して60代半ば。ご夫婦そろって自転車で四国八十八カ所巡礼の旅に出られた。今月8日に一番の徳島を出発し、高知を目指して昨日到着されたとか。ここまで最短距離でなく、徳島から室戸岬をへて、霊場寺院を忠実に走ったそうです。さらに驚くのは38番の足摺岬まで足を伸ばすとのこと。連日雨が多くて大変だったけれど、木工房や材木屋?などに寄り道して、今日は土佐の荒海をみながらの快適な走りをしたそうです。
 お二人は。ごく普通のひとで、体も特に鍛えていたわけではないようです。しかし、したいことを喋ってそれを「実行」してしまう。しかも夫婦ふたりで。夢があって素晴らしいですね。

2006.5.21 (日)(1) ひさしぶりの舞岡公園
 ひさしぶりの良い天気。このところご無沙汰していた舞岡公園にいってみた。緑がすっかり濃くなっていたし、だいいち田植えがずいぶん進んでいた。おまけに今日は日曜日なので親子連れが目立つ。コゲラが営巣中とかであぜ道が通行止めになっていた。ずっと先には大型のカメラと望遠鏡が10台くらい並んでいた。緊張感としずかなお祭り騒ぎ。にぎやかな日曜日だった。

2006.5.20 (土) ひさしぶりの虹
 夕方、工房を出て家に向かっているとき息子が前方の虹を見つけた。さっそく車をとめると、まいおかリサーチパークの入口から南の方向に意外なほど大きな輪。しかも2重の輪。田植えがほぼ終わった田んぼのずっと向こうにみえる街がこころなしか美しく映えている。虹の両端は緑の丘陵に消えている。120度の広い視界だ。しばらく見とれていると田んぼの水面が波がたった。鴨?が泳いで、水面の虹が乱れて美しい波紋をえがいた。
 明日の田植えの準備らしい40絡みの人に声をかけると、そのかたもこの景色に感動している様子だった。優しげな表情。もっとゆっくり話がしたかったが、名残を惜しんでその場を後にした。
 

2006.5.12 (金) 竹林の「秋」
 竹の落葉が盛んです。新しい葉と入れ替わりに古い葉が一斉に落ちています。とくに大風が吹いた日は工房の周りが落ち葉でいっぱいになります。いま工房の朝は落ち葉の掃除ではじまります。体も熱くなり、結構な量となる。竹ぼうきと熊手で落ち葉をサッサと集めるのだが、ひと仕事。しかし気持ちが良い。落ち葉というと秋のイメージが濃かったが、ここでは春である。
 早春の竹林を賑わしたハナダイコンもタケノコもスミレも5月のはじめには盛りが過ぎてしまった。かわってたくさんの草花が勢いを増して緑が日ごとに濃くなった。

2006.5.11 (木) 港南台バーズ
 展覧会の楽しみは出会いの楽しみです(・・・売り上げも楽しみと言えるようになりたい!)。
 今回はとくにガラス、絵手紙、傘、家具の作家の方と知りあえて刺激をいっぱいいただいた。なかでも20代の若手のかたはアルバイトなどしてずいぶん苦労されている様子。しかし夢があって、とても爽やかで印象的だった。
 長男(クラシックギター制作者)の修理をしたお客様がお嬢様といっしょに会場に来られて、私のあかりを買ってくださった。思わぬことで嬉しかった。じつはこのお客様も地元・港南台6丁目の「瑠璃庵」(ケーキ屋さん)の紹介で縁ができた方。ひとの繋がりはありがたい。

2006.4.15 (土) 舞岡八幡の例大祭
 舞岡八幡宮の春の例大祭にいきました。地下鉄舞岡駅から舞岡公園に向かう途中の右手、田んぼを横切って森の中に境内が有ります。いつもは静かなところですが、今日は舞岡八幡宮の幟が立派に翻り、屋台が10件くらい出て準備をしていました。こどものころお祭りに行ってワクワクしたことを思い出した。
 私が興味を持ったのは町内に鎮守の森があり、しかも「湯花神楽」というお神楽が残っているということです。神奈川県内のお神楽は後継者がいなくてずいぶん途絶えたとか。ここも神主さんの一子相伝ながら有志が頑張って守っているそうです。

 お祭りは衣冠束帯に身を固めた人たちの行列がゆっくりすすみ、氏子さんが続きました。暗い階段を登りつめて社の中にはいり、しばらく神事をしていました。
 境内は人がいっぱいに。祭司の矢が射られてそれを拾ったご婦人はとても嬉しそうで皆から祝福されていました。一角には大釜に湯が煮えたぎっていて祭司が笹の葉をゆっくり浸し、参詣の人たちに撒きました。やけどしないか恐れたけれど、温かい程度でひと安心。注連縄をはりめぐらした斎場でお神楽が舞われました。まわりの子供たちのこわいけれど興味があるという表情がかわいかった。
 おしまいは皆が待っていた餅撒きで、おとなもこどもも大騒ぎ。紅白の餅を五つもひろったが、ほかの人たちもだいぶ拾っていた。 泣く子とあやすおとな。嬉しそうな表情がいっぱいで、ゆっくり工房へ帰った。

2006.4.14 (金) タケノコが続々と生えてきました

 ずっと肌寒かったのに、今日は雨が上がって急に暖かくなりました。今年は大丈夫かと心配していたタケノコが続々と生えてきました。雨後のタケノコとは良く言ったものです。工房の周りを一周すると生えそうなところにはどこも頭をだしています。その数は10本以上。昨日まで気がつかなかったのに・・・。春も本番です。

2006.4.13 (木) ハナダイコンが満開です
 工房脇の竹林にひと月前から咲き始めていたハナダイコンが今満開となりました。竹林は清楚なその紫でいっぱいです。切花にしてもすぐに枯れてしまうので、花屋さんには無いようです。地味な野の花です。しかし朝日を浴びたときのその色はとても爽やかで、しばらくみとれてしまいます。

2006.4.6 (木) 産業戦士の死
 義父が3月28日死去しました。87歳。旧 富士鐵 釜石を皮切りに(北朝鮮の)清津・八幡・君津と歩んできました。鉄鋼マン。終戦時は26歳で、トイレも台所も共用の戸畑(旧 八幡製鐵所)の長屋からスタート。
 昭和30年台か、職場旅行で芸者さんをあげての大宴会の写真が出てきた。笑顔と明るさと職場の大きなエネルギーが溢れていた。この人たちが困難を乗り越えて働き、日本を復興させた。顔が良くて、強い意志<モラル>を感じます。この遺志を捨てるのはあまりに惜しい。日本人の財産。後世に伝えたい。
---義父の遺されたノートより---
「なにごとにも立派にやろうという情熱と覚悟が必要である。→逃げるな、避けるな、恐れるな」

2006.4.5 (水) タケノコが生えてきました
 おととい、工房の脇の竹やぶに今年初めてタケノコを見つけました。その気でよく探すと周りだけで5本も。気分はわくわく。踏まれないように竹の小枝を周りに挿しておいた。
 今日、工房の入り口に置いてあるブロックがかしいでいるので不思議に思い、退けてみたらなんとタケノコが頭をだしていた。重いブロックを持ち上げるとは。ごくろうさま。
 大家さんの話では今年は例年より10日位遅いそうだ。実も小さいとのこと。少し心配。

2006.3.20 (月) 現役とは
 イチローがテレビで50歳まで現役でいたいと語ったとか。選手のままではいくらなんでも無理だろうが、気持ちは買える。ホラでもこういうのはなかなかいける。
 こういう自分は90歳まで現役で木工家として働き、91歳くらいから現役を退いて、展覧会の会場を回って、後輩と楽しく話をしたい。いまはホラに聞こえるかもしれないが、いまから30年後には案外普通になっているかもしれない。ということはこれから30年間の仕事の計画とビジョンをもっていかなければ。・・・話がどんどん発展してしまう!
 堺屋太一さんが60代は「黄金の時代」といわれたが、しごく当然となる。定年とともに落ち込むなんてとんでもない。お互いに元気でいきましょう。

2006.3.17 (金) 
 このあいだまで寒々としていた工房の「庭」が、このところの暖かさで急ににぎやかになってきた。写真のハナダイコンの紫の小さな花が咲き始めた。まもなく竹林のなかに広がっていく。とてもまちどおしい。
 仕事の合間になにげなく見ていると、こういう発見があって、春の楽しみのひとつです。工房の大家さんのガイドで竹林の中をいくと、どこにどんな花が咲くとか、何年ぶりに何を見つけたとか、けっこう奥が深い。工房を確保してから、こういう季節感を感じるようになったのは予想外の収穫だった。

2006.2.22 (水) ロケットと夢
 今朝 内之浦からM5ロケットによる赤外線天文衛星が打ち上げられて成功した。H2Aロケットをふくめここ一ヶ月で3機の大型ロケットの連続打ち上げ成功です。去年秋の「はやぶさ」による小惑星探査も加えて、最近の実績は眼を見張ります。つらい失敗をバネにして奮闘してきた関係の皆様に拍手。
 宇宙開発は材料・加工技術・部品点数など広くて大きい裾野が広がります。ところが「世間の宇宙への関心は低迷している。安いロケットを買えば良い」と。高校の畏友でロケットの権威のK君は語っていたし、そう思う。
 いま自動車は絶好調ですが、いまこそ次の一手「夢のある計画」が肝心のはず。若者に夢をたくさん用意する---大人の役割とは夢を作ること、こんなところでしょう。少々バカをしてもネ。

2006.2.12 (日) 固くて酸っぱいりんごが食べたい
 りんごはおいしい。でも 甘ったるいりんごはなにかものたりない。固くて酸っぱいりんごが食べたい。もちろん八百屋さんにもない。消えてはいないだろう。農家でひっそりと育てていないだろうか。
 そういえばトマトも昔の青臭くてちょっと固いのは売っていない。キューリも特徴のある香りがなくなった。あるのは甘くて軟らかいものばかりだ。だいいち香りが弱い。
 農家の皆さん、チャレンジしてくれませんか。

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